オタゴン無法地帯

Vtuberオタゴンのブログです。動画にするほどじゃないけどツイートには長すぎることを書きます。

誕生日、オナサポ、返礼、そしてAV紹介

オタゴンです。

それは去年の12月のこと。俺はVRChatのフレンドから誕生日プレゼントにオナサポ音声を貰いました。彼はいわゆるボイスチェンジャーの使い手で、俺のためだけに台本を考えてオリジナルのオナサポ音声を収録してくれたのです。その時の感動を綴ったのが下記の記事になるので、未見の方はまずこちらからご確認ください。

otagon.hatenablog.com

そんなフレンドが先日、誕生日を迎えたのです。俺は悔しさも込めておめでとうリプを送りました。俺も美少女になっていれば、音声で返礼ができたのに、と。そんな僕にフレンドはこう言ってくれました。

『なんならオタゴンさんの女性向け音声とかでもいい』

『匂わせるくらいならさっさと送ってくれ』

俺は自分を深く恥じました。誕生日リプで何かできればなんて言っておきながら、何もできないと最初から諦めていたのです。あんなに素敵な贈り物をもらっていながら、返礼の意思の欠片も抱けなかった。そんな俺を知ってか知らずか、フレンドは最悪『オタゴンの女性向け音声』でもいいから何か送ってくれと言ってくれたのです。どんな祝福でもそれが俺自身が出した答えなら受け入れると、フレンドは手を差し伸べてくれました。その友情に背くことなんて絶対にできない。必ず答えを出して、彼に何かを送ろう。俺はそう誓いました。それに、俺もおめでとうって思っているよって、友達にはちゃんと伝えたいじゃないですか。

ラッキー!サプライズ☆バースデイ -for Laala-

ラッキー!サプライズ☆バースデイ -for Laala-

 

そこから俺はひたすらに迷い続けました。例えば30秒くらいのおめでとうのメッセージを動画で撮って送ることとかなら簡単でしょう。でもそんなこと、俺じゃなくたってできる。俺にしか出せない答えがそこにあるとは思えない。何より、俺が貰ったのはただのおめでとうの言葉なんかじゃない。オナサポ音声です。オナサポ音声に釣り合うだけの重み。その責任を果たせるだけの力。そんなもの俺にあるとは思えませんでした。オナサポ音声は、俺の両手には大きすぎたのです。迷う間も1週間、2週間と時は過ぎていきました。俺が美少女であったならと、何度自分を呪ったことか。1のオナサポに1のオナサポで返せたなら、俺は胸を張って生きることができたかもしれないのに。でも、俺はどこまでいっても怪獣でしかありません。電車の中で、家の中で、職場で……オナサポ音声に見合う何かを探すことしかできない、矮小で力なき怪獣だったのです。

正直、何度も諦めそうになりました。だってただでさえ友達の祝い方なんて知りません。俺は孤独なオタクの奈落の底で育ってきた男です。誰かを祝うとか祝われるとか、そんな経験を積んで健全に生きてこなかった。誕生日におめでとうリプをたくさんもらった時だって、なんて返せばいいのかわからなくって長文で変な返信をしてしまいました。そんな男の背中に、オナサポ音声は重すぎる。俺がもっと真人間として育ってきたなら、オナサポ音声に見合う何かを自分の中に見つけられたかもしれません。オナサポ音声を前にしたことで、俺は俺の人生が路傍の石ほどの価値もないことと向き合わなければいけなくなってしまったのです。

それでも、諦めるわけにはいかない。挫けそうになった時、俺はいつも仮面ライダー電王の第20話の良太郎のセリフを思い出していました。

『弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にならない』

ここで戦うことをやめたら、俺が仮面ライダー電王から学んだことが無になってしまう気がしました。

仮面ライダー電王 Blu-ray BOX 2

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 そんな時、俺は改めて気づいたのです。俺は美少女でもない。俺は真人間でもない。俺はオタクで怪獣です。でも、オタクで怪獣でVtuberです。俺は今日まで自分の思いを“作品紹介”という形に託して戦ってきました。俺は普通の人生を積み上げてはこなかったけど、“オタク”だけはこの拳に握り続けてきました。日の当たる場所にいるような人と同じ祝い方はできないかもしれない。でも祝福の思いを込めた作品紹介なら話は別です。だって、今日までずっとそうしてきたのだから。そしてフレンドだって、そんな俺だからオナサポ音声を送ってくれたのではなかったのか。俺にしか出せない答え、その断片が確かに見えた気がしました。

さて、ここから重要なのは“何を紹介するか”です。当たり障りのないハッピーな映画を紹介してハッピーな気分になってもらおう!なんてのはもちろん論外。俺はいつだって見る人の頭蓋に知らない世界を叩きつけてやるような気持ちで作品紹介をしてきました。そうして出た、あまりにも簡単な答え。俺はオナサポ音声のお返しに、普通の動画じゃできないような作品紹介をすることに決めました。もし公開動画でやろうものなら、炎上しかねない危険な作品を俺はたくさん知っています。正直、それはリアルな知り合いには絶対紹介できません。ドン引き必須だし、フレンドだってさすがに嫌がるかもしれない。でも俺の中でオナサポ音声に見合うものはこれしかないと思ったのです。

だから俺は90年代のアダルトビデオ、つまりAVを紹介した動画をフレンドに送りつけました。ちなみにそのAVの情報を断片的に提示すると、

『90年代、VHS全盛期の作品である』

『女性の権利団体に訴えられたことがある』

『男優が女優の顔面に吐瀉物をぶちまけるシーンがある』

『レイプものである』

以上のようなAVで俺は戦いました。出来上がった動画は、『AVの解説+一部シーンを切り抜いての実況』というもの。完成したのはフレンドの誕生日から数週間後。総尺は約12分と多大な長さの動画です。震える指で編集をし、恐怖と戦いながらDMを送りました。こんなこと普通じゃないなんて自分でもわかっていたからです。失望されたらどうしよう。不快に思われたらどうしよう。祝うことの重み、そしてそれを背負うということを、俺はこの日初めて知ったのです。

少し待つと、フレンドから返信のDMが届きました。そこにはとても喜んだ様子で、熱い感想が書かれていました。

『バッチリ笑わせてもらいました』

『メチャクチャ嬉しかった』

と、フレンドはそう言ってくれました。数週間越しの俺の祝福は成功したのです。俺は喜びに小躍りしました。面白がってくれた! 喜んでくれた! 俺は誰かの誕生日を祝えるんだ! 頑張ってよかった!! 誰かを祝うって、こんなに自分も嬉しくなるんだ!! AVで正解だったんだ!!!

この時、いちばん嬉しかったのは、AVの内容に驚いてもらえたとか、ちゃんと解説を面白がってくれたとか、そういうことじゃなかったんですよ。もちろんそこも嬉しかったんですが、いちばんは『俺が祝おうとした気持ちがちゃんと伝わった』ことだったんです。思えばオナサポ音声をもらった時も、いちばん嬉しかったのは内容以前に『相手の祝おうとしてくれた気持ち』でした。この時、俺はやっとわかったのです。俺はオナサポ音声に釣り合うものを探していたんじゃない。俺がおめでとうって思ったことが、ちゃんと伝わる何かを探してたんだ。そしてそれが、俺にとっては男優が女優の顔面にゲロを撒き散らすAVだっただけのこと。それだけのことに気づくのに、なんだかすごく遠回りをしてしまった気がする。でもそうして迷い続けるような俺でなければ、90年代AVという答えには至れなかった。だからこれでいい。これでいいんですよ。俺はオナサポ音声を貰った。だからAVを紹介した。俺もフレンドも嬉しかった。そして世界平和。VRChat最高。こういうことなんです。というわけでちょっといい話、これにておしまいです。

ほんとうに泣ける話 2019年 05月号 [雑誌]

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